病院に行くのをやめたワケ

私が最後に医者に通ったのは今から十年以上前のことです。
それ以来、久しく病院のお世話になったことはありません。
今後もよほどのことがない限り、病院に行くことはないでしょう。

それはあるきっかけから、「自分の健康は自分で守る」と心に強く決めたからです。

以来、健康・食・医療に関することをとことん調べ、我が身で実践するようになりました。
その結果、ある一定のルールを守れば、病気になることなどなく、
健康管理はとても簡単であることを確信しました。
また、ある程度不摂生を続けたり、体調を崩しても、自分で対処できる方法もいくつか
見つけました。それも、あの出来事のおかげです。

話は十数年前にさかのぼります。
旅先で、海の幸をたらふく食べた後のことです。
その時は疲れ気味で、風邪の引きかけだったのでしょう。
私は帰りの道中、頭と体に重さを感じました。
自宅に着くと気分が悪くなり、熱が出て、翌朝にはお腹に刺すような痛みも出てきたのです。
しばらく待っても腹痛の収まる気配がないので、その日のうちに近所の病院に行くことにしました。

当時の私は、仕事最優先のライフスタイルで夜遅くまで仕事場に残り、デザインの仕事をして
いました。そして、徹夜続きや不摂生な食事がたたって体調を崩したら、医者に診てもらうこと
を良しとしていました。

この腹痛のときも、行きつけのお医者さんに診てもらうことにしました。
そこは70過ぎのおじいさん開業医が営むそこそこの規模の個人病院です。
ちょっとした熱や風邪でもすぐに点滴で楽にしてくれるという評判でしたから、
風邪のときにはよく点滴を打ってもらいました。今回もそれを当てにしたのです。

「きっと点滴ですぐ楽にしてくれるだろう、、、」

しかし、その時は当てが外れたのです。
診察室に入り、胃の不調と発熱を訴えると、先生は、

「では胃カメラで中を見ようか」

“えっ!胃が無茶苦茶痛いのに胃カメラやるの!?”

点滴をしてもらって、薬をもらってすぐ帰るつもりでいたので、予想外の提案にびっくりです。

“先生が必要だというんだから、きっと検査した方がいいのかな、、、”

“ひょっとしたら、万が一のこともあるし、、、”

そう思い、言われるままに「はい」と返事をしたのが、地獄の始まりでした。

その時、胃カメラと言うものを初めてみました。
いくつかの機材が棚にセットされています。
棚の上段にディスプレイがあって、下段には制御装置が置かれています。
そこから長くて黒いチューブが出ており、チューブの先にはL字型のレンズ部がついていました。
今ではチューブもずっと細くなり、鼻から挿入できるタイプに改良されていますが、
当時の胃カメラは口から差し込むもので、チューブの直径は1センチほどありました。

結構な太さです。

“こんなものを喉に差し込まれて耐えられるのか、、、”

心配な表情を見て、院長先生のそばにいた看護婦さん達が声をかけてくれます。

「大丈夫ですよ」
「すぐ終わりますから」

“ちょっとの辛抱だ。よし、がんばろう”
不安な気持ちを取り払い、撮影に臨みました。

胃カメラを飲む前に吐き出さないようにお尻に鎮静剤の注射を打ちます。
そして、時を待たずに、胃カメラを飲まされます。
“まだ、麻酔も効いてないけど、大丈夫かな、、、”と不安な気持ちに関係なく、

先生は、「じゃあ、いくよ!」

ベッドに横たわった私の口にチューブの先を差し込んできます。
緊張して苦しまないように、口を開けたまま、心を落ち着け、無にします。
先端のレンズ部が口に入れられたかと思うと、一気に喉の奥まで
黒く太いチューブがグイグイ押し込んできます。
院長先生は慣れているのでしょう。無表情で手を動かします。
結構、手荒な感じなので喉の奥に当たると反射で吐き出しそうになりますが、
お構いなしです。抵抗しても無力な感じで、拷問を受けている感じです。
定期的に「ウエッ」と喉が自動的に吐き出そうと痙攣します。
喉の動きが激しくなると目からは涙が出てきます。
この時点で、心はすでにギブアップ、白旗状態です。
胃カメラに慣れた人なら何のことはないのでしょうが、
初心者にはかなりきつい体験です。

さて胃の中までレンズが到着し、
ここから撮影が始まります。一刻も早くカメラを抜いてもらいたい一心で、静かに待ちます。
心の中で願います。

“早く終わりますように、、、”

ところがここで大変な事態が発生!!
映像がディスプレイに映らないのです!
先生もパニックです。

「あれ、おかしいな。この前は映っとったのに、、、」

片手で機材をいじりながら、もう一方の手でチューブをグイグイこねくり回します。
そのたびに「んがんが、、、」と声にならない声が出て、痛くてたまりません。
「いったいどうなってんだ?」と、しばらく試して無理だとわかると、
今度は看護婦さんに怒鳴ります。

「おい、オムロンに電話!」

“ふ~、仕切り直しか、、、”

私は、いったんカメラを抜いて休憩だと思い、
心の中で一息つきました。

看護婦さんがメーカーに電話をかけると先方が出て、
受話器が先生に渡されます。すると、先生はチューブから手を放し、受話器を握り締めます。

“これはひょっとすると、、、まさか!いやそんなことはないだろう、、、”

一瞬、不安が頭をよぎり、悪い予感は的中です。

先生の顔を見ると、怒りで目は座り、もはや私のことなど眼中ない様子。
とても胃カメラを抜いてもらえるような雰囲気ではありません。

開口一番、先生は電話口の業者に名古屋弁丸出しで怒鳴り散らします。

「おい、おみゃあんとこの機械、これどうなっとるんだ!何も見え~せんがや!」

相手も面食らい、何かモゴモゴ答えています。
やがて、押し問答が始まりました。

“これは大変なことになった!”

初めの数分間はじっと耐えました。しかし、待てど暮らせど、
話が終わる気配はありません。どうやら、30分くらいは続きそうな雰囲気です。
そうと思うと、心は真っ暗に。自分でもかなり耐えた方だとおもいます。
麻酔も効いている様子はなく、痛みも限界です。

“もう、限界!これ以上無理!”

私はチューブを抜いてもらおうと口を指差し、看護婦さんにジェスチャーで
“これ、抜いてください!”と強く訴えます。
しかし、「んがぁ、んがぁ」と、声になりません。
うまく伝わっていないのか、勝手に抜いて先生に怒られるのが怖いのか、
何度訴えても、看護婦さんたちは済まなそうな顔を返すだけ。
助けてはくれません。

“うう~、、、”

あきらめて、再び心を切り替えます。

喉の力を抜くと痛みが少しラクになるので、ゆっくりと、そっと息をしながら心を
落ち着けることに専念しました。しかし、しばらくすると、喉が勝手に動き始めます。
動きを押さえようと必死でがんばっても、喉がチューブを押し出そうと、
強く痙攣を繰り返してしまうのです。
その度に、喉の奥と食道に激痛が走ります。
強烈な痛みの連続に、恥ずかしながら、体まで震えてくる始末。
断末魔のように見えたことでしょう。見るに見かねた看護婦さんが近づいて、言いました。
「もうチョットだけ待ってね。すぐ終わるから、、、」そして、耳元でこうささやいたのです。

「本当にごめんね、うちの先生ヤブだから、、、」

“え~、ヤブ医者と知ってて、この病院で働いてるの~っ!”

心の中で叫びました。

30分ほど経ったでしょうか。
長電話の末に商談までまとまったようで、受話器が置かれました。
先生は我に帰り、胃カメラを抜きます。もう、その頃には全身から出た滝のような汗で体は
冷え切り、解放された安心感でしばらくの間、私は廃人でした。
放心状態の私に、先生は最後こう言ったのを覚えています。

「鼻から入れる新しいカメラ買うことにしたで、こんな苦しいのはあんたで終わり。
次の検査は、え~と、、」

これが病院に行く最後となりました。
結局、腹痛の方は休んだだけで自然に治りました。

“あの検査は一体何だったんだ!?”

あとで振り返ると、調子の悪くなった古い胃カメラがまだ使えるか、試すための最後の
実験台となってしまったのが、私だったようです。

この話を友人にしたら、笑われました。
「殺されないだけ、ラッキーだったね!職場の人なんか、高血圧のよぼよぼの父親を
医者に見せたら、関係ない検査されて、肛門から入れられたカメラで腸に穴が開いて、
死んでしまったそうだよ!」

しかし、あのおじいちゃん先生には今でも感謝しています。
医者を安易に頼ってはいけないことを、身をもって悟らせてくれたのですから。

あそこまでの強烈な体験をしなければ、医者を安易に頼る無責任な人間から、
きっと私は卒業できなかったことでしょう。

あれから十数年。
たまたま、あの病院の前を車で通ることがありました。
ボロボロだったビルが真っ白でピカピカに改装されていたのが印象的でした。

私は事故でもない限り、これからも病院に行くことはないでしょう。